WEBコンテンツの企画からグローバルキャンペーンのクリエイティブディレクションまで、幅広く案件を手掛けられている長井崇行さん。
ディレクションのみならず、映像の撮影・編集やグラフィック制作なども自ら行われています。
そのフットワークの軽さはどこから来ているのか?長井さんのものづくりに対する考えに迫りました。

2015.6.26

取材・文:岡本真帆 撮影:竹内冠太 進行:横川遥 監修:伊藤拓郎

crocs『空中ストア』のPR戦略

2015年3月5日から3月8日までの4日間、六本木の東京ミッドタウンでcrocsの『空中ストア』が開催されました。ドローンが靴を運んできてくれる未来のショップとして連日テレビでも紹介されて、非常に話題になっていましたね。

本番までの1ヶ月間で民放4局・5番組で取り上げられて、ティザー期だけでも200以上のメディアに掲載されました。『空中ストア』オープン後も、国内外45社のメディアが集まって、500以上の記事になりました。

広告告換算費は莫大だったそうですね。

そうなんですよ!予想以上の広がりに僕自身も驚いてます。

ドローンは一から開発し、自動制御の実証実験も繰り返されていましたが、この形に落ち着くまでかなり試行錯誤があったんじゃないでしょうか。

最初はアームで靴をひっかけて持ち上げる、モーター式のものでした。でもモーターのような複雑なものを仕込むと故障しやすいということで、シンプルな仕組みを目指すことになり、今回は電磁石を使うことを選択しました。テスト飛行のために千葉の倉庫をしばらく借りて、連日連夜ドローンとプログラムの調整を続けました。

主に僕が担当していたデザイン的な調整でいうと例えば、靴をキャッチする成功率を高めるために、いかなる角度でも電磁石が靴側の鉄板とくっつくように電磁石アームの先端にユニバーサルジョイントを取り付けてみたり、持ち上げたときに靴の角度が可動して、下から見て飛んでいる靴が美しく見えるようにパーツを設計したり。飛んでいる間に靴がクルクル回転しないような工夫や、静電気でドローンが気絶してしまう問題、などなど、毎日次から次へと現れる課題を試行錯誤しながらひとつひとつ解決していきました。最後の微調整はイベント当日まで続きましたね。

これまで弊社が手掛けてきた案件の中で、テレビ番組やニュースサイトをはじめとするメディアでこれほど話題になったのは『空中ストア』が初めてかもしれません。ここまで取り上げられ、キャンペーンが成功を収めたポイントはどこにあると考えていますか?

そうですね、PRの設計は緻密に行っています。前職が代理店だったのですが、代理店にいたときから、写真や動画などの素材がふんだんにあるとPRが効果的に行えることを感じていました。でも代理店にいた頃は現場に常にいられるわけではないので、もらえる素材も限られていたんですね。それで、今回はつくっている途中の様子とか、失敗映像とか、途中経過をうまく世の中にプレゼンしていくことを心掛けて、記者さんにこまめに写真や映像を提供するようにしました。

テレビ番組で取り上げられやすいように、まずはWEB上でたくさん記事になることを狙ったそうですね。

その記事を見た番組ディレクターが「あ、話題になってるんだな」と番組で取り上げたくなるようにストーリーを上手くつくっていきました。

なるほど!かなり戦略的に行われたんですね。

でも、こんなにメディアに出るとは思ってなかったです。crocsの靴の軽さを訴求する、というミッションが第一にあるんですが、情報番組では「ドローンってなんなんでしょう?」という辞書の見出し的に取り上げられたので、社会の関心がドローンというものに集まっている中でいいタイミングだったのかなと思います。

nagai

もっと、現場に近い場所へ

長井さんが前職の代理店からBIRDMANのクリエイティブディレクター(以下、CD)に転身されたきっかけは、何だったのでしょうか?

企画自体のクオリティと、アウトプットのクオリティ、どちらも大事だと思っていて。代理店でももちろんアウトプットには関われるんですが、もっと現場に近いところにいた方が良いものがつくれるんじゃないかと考えるようになりました。どんな風につくっているのか技術者にすぐに聞ける環境に身を置いて、現場で一緒につくっていけたらな、と。

長井さんは職人的な目も持ちつつ、俯瞰して全体のものごとを見ていて、ミクロとマクロの視点のスイッチングがとてもお上手ですよね。

たしかにそうかもしれないですね。もともと代理店にいたことで培われてきたこともあるかなと。

手を動かしてモノをつくるとか、頭で企画を練るとか、人と人とを繋げたり、チームを活性化させたり。いろんなフェーズの動きをされている印象が強いです。

そうですね。キャンペーン全体のディレクションから、ムービー撮影、編集、イラスト制作まで、手広くやらせてもらっています。

東京の今を伝える、『TOKYO GRAPHIC JOURNAL』

nagai

イラストと言えば!長井さんが自主制作されている『TOKYO GRAPHIC JOURNAL』!私すごく好きなんです。

ありがとうございます。あれ、やんなきゃなーと思ってるんですが…。ドローンに夢中だったので休刊になっちゃっております…(笑)。

えー!次号楽しみにしてます(笑)。この『TOKYOGRAPHICJOURNAL』はどういったコンセプトで制作されているんですか?

世の中の情報があまりにも早いスピードで過ぎ去ってしまうので、ちょっと前のニュースでも全然思い出せなかったりしますよね。だからアイコン化したニュースをアーカイブして、パッと一瞬見ただけでリマインドされるような新聞をつくってみたら面白いかなと。今はキーワードさえ分かれば情報はいくらでも調べられる時代なので、あえてアイコン的なビジュアルとキーワードしか載せないグラフィカルなニュースペーパーにしました。1ヶ月のニュースの中から気になったものをピックアップして、グラフィックデザインをつくってサイトにまとめたり、印刷物として発行したりしています。

つくり始めたのはBIRDMANに入ってからですね。

原宿のvacantや都内の本屋さんなど、いろんなところに置かせてもらっています。

完全におひとりでつくられているんですか?

そうですね。英語でつくっているので、翻訳も自分で頼んでます。最初はB2サイズくらいの大きなものをつくってたんですが、印刷にかなりお金がかかってしまって…これ毎月やるの辛いな、と(笑)。今はポストカードや名刺くらいサイズになってます。

恵比寿にあるレストラン&バー「GAB」。VIや店内のアートワークを手掛けた。

恵比寿にあるレストラン&バー「GAB」。VIや店内のアートワークを手掛けた。

個人で何かを制作するって、例えるなら「ひとり代理店」みたいなことですよね。ひとりで考えてつくって、紙を選んで印刷して、さらにお店に置いてもらうために営業にも行って。そのモチベーションや楽しさって、どういうところにあるんでしょう?

やっぱり「つくることが好き」って気持ちが原動力ですかね。つくること自体が息抜きになってたりもします。あとは本屋が好きなので、そういうのを持って行くと店長さんと話せたりもするし。制作物がコミュニケーションの道具にもなっています。

この前Archie Archambaultという、ポートランドでMAPをつくっているアメリカ人のクリエイターが「東京でMAPをつくる」と言って日本に遊びに来ていて、その人に『IS JAPAN COOL?』(長井がCDとして担当している、ANAの海外向けコンテンツ)の取材でラーメンを食べる人の役をお願いしたんですね。で、撮影のときに自分がつくったものを見せたら、「すごくいいね!」って言ってくれて。「こういうことができる人をイギリスの編集長が探してるよ!」とか、いろいろ言ってくれて。

つくったものがきっかけで人との繋がりが広がっていくのは嬉しいですね。

ちゃんと1年くらい続けて、いずれは出版できたらいいなと思ってます。

チーム間の“壁”と、互いに領域を超えること

CDというと、デザイナーやディベロッパーがつくったものを見て、ジャッジして、みんなを導く…といった動きをイメージするのですが、長井さんはご自身でも手を動かしたり、自らの足で制作物を配布してまわったり、とてもフットワークが軽い方ですよね。

僕はもう、あんまり“領域”は関係ないかなと思ってて。それはCDだけじゃなくていろんな人に言えると思うんですけど。みんなそれぞれ「強み」ってあると思うんですが、それだけに縛られるとなかなかジャンプアップしていかないと思うんですね。別に、ジャッジだけですごく上手くいきそうであれば、それはそれでいいと思ってます。これ足りないな、と思うところがあれば手伝ったりして。CDだからどうこうというのではなく、プロジェクトが上手くいって、成功すればいいなと思って動いています。

nagai

今回のcrocsは連日深夜までずっと作業されていましたよね。プロジェクトメンバーと顔を突き合わせている時間が長かったと思うのですが、その中で気づいたことや感じたことはありますか?

正直、デザインチームとテクニカルチームの間に、壁…というか遠慮があるなと思いました。実は、『空中ストア』で使われたドローンの機体の、中央を棒が突き抜けるような仕組みを考えたのはデザイナーで。この形状は、打ち合わせ中にあるデザイナーのノートに小さく描かれたアイデアだったんです。僕にはこっそり見せてくれたんですけど、打ち合わせはそのまま進んじゃって。打ち合わせが終わっても方向性が決まらず、結局どんな作りにしたらいいのか悩む時間が1週間ほど続いてしまったんですね。

デザイナーさんが言っていたアイデア、僕はいいなと思ったんですが、誰もつくったことがないから実際どうなのか判断ができなくて。これはモックをつくって見せなきゃいけないなと思い、東急ハンズで必要な部品を買ってきて、次のミーティングでつくったものを見せてみたんです。そうしたら、「これすごくいいね!」「じゃあこれで行こう!」とすぐに決まって。

だからもし、デザイナーがいいアイデアを思いついていたら、詳しい人に仕組みや作り方を相談したり、モックをつくって見せたり、もっとデザイナーからテクニカルチームに提案ができればいいなって思いました。うちのテクニカルチームがすごすぎて、遠慮があるんでしょうかね。デザインチームとテクニカルチームがお互いに「こうした方がいいですよ」とか「ドローンのデザインはこうしたらどうですか」とか、どんどんコミュニケーションを取って、一緒に協力してやっていけたらいいですよね。

でも今回の『空中ストア』は、長井さんの懐に入っていくような柔軟な動き方が、結果チームメンバーそれぞれの領域を超える動きにつながったんじゃないかなと思います。

だといいなあ。

長井さんの「良いものをつくりたい」という想いが、チーム全体に伝染して広がっていったのかもしれませんね。

そうですね、良いものをつくりたいと思っているのは僕だけじゃなくて。先日、ムービーチームがCINEMA4D(3DCGのソフト)の講習会を企画して、社内で開いてたんですけど、職種関係なくたくさんの人が早朝から参加してて。ああいう社内の空気感がすごくいいなーって思います。例えば空中ストアのドローンの外側の発泡スチロールのデザインは、造形屋さんに「こんな感じで」とイメージ絵を渡して、おまかせで切り出してもらっていますが、デザイナーがドローンのイメージを3Dで全部つくれるようになったら、もっと細部までこだわれるようになる。クオリティをさらに高いところまで持っていけますよね。自分の肩書きの領域にとらわれず、垣根を超えて、一緒にものをつくっていくことがとても重要だと思います。自分も含めてですが、BIRDMANのメンバーには新しいことがどんどんできるようになってほしいですね。

長井 崇行(ながい たかゆき)

Creative Director / Art Director
1982年生まれ。東京芸術大学デザイン科卒業。MacCann Erickson、ENJIN Inc. を経て、2014年よりBIRDMANに所属。
主な仕事に、ANA『IS JAPAN COOL?』、crocs『空中ストア』、コブクロ『Invisible Music Video』など。東京 2020 オリンピック・パラリンピックの国際招致 PR フィルムとして、スイス・ローザンヌでのプレゼンテーションムービーも制作。ア ートディレクションを軸に、企画、映像、イベント、WEB のディレクションまで 幅広くこなし、課題の解決と最適なコミュニケーションプランをデザインする。2013年クリエイター・オブ・ザ・イヤー賞ノミネート。受賞歴、ロンドン国際広告賞など。
View Daily Life