「NIKE UNLIMITED STADIUM」は、NIKEの最新シューズ「LUNAREPIC」のプロモーションイベント。
製品の特徴である履き心地の良さと軽さを体感してもらうため、BBH Asia Pacific、
PARTY NYとともにマニラの中心部に巨大なランニングコースを制作した。
国外のエージェンシーとともに進行するプロジェクトが増えつつあるBIRDMAN。
企画からイベント実施まで、フィリピンで一体どんなドラマがあったのだろう?
実際に現地で制作に携わった6人のメンバーにインタビューを行った。

2017.3.31

取材・文:岡本真帆 撮影:山田雄太 進行:横川遥 監修:伊藤拓郎

「NIKE UNLIMITED STADIUM」のために作られたコースですが、形が特徴的ですよね。これは8の字、でしょうか?

稲田(プロダクションマネージャー):これはLUNAREPICの靴底と同じ、インフィニット・ループの形ですね。1周200mのコース沿いにずらっとLEDスクリーンが並んでいるのですが、2周目以降、このスクリーン上には過去の自分のラップタイムで走るアバターが出現します。自分の分身と競いながらランニングが楽しめる仕組みです。

なるほど、自己ベストを狙うように走れるんですね。

参加者のシューズにつけられた、RFID。
一度に複数のデータを非接触で読み取ることができる。

前田(プログラマー):まず出走する前に、ユーザーのニックネームやシューズにつけるRFIDタグのナンバーなどを受付にあるiPadに入力します。
このときにアバターの性別や好きなカラーも選んでもらいます。
自分のサイズにあったLUNAREPICを準備して、エントリー完了です。

稲田:これがRFIDタグです。
2枚1セットで、左右の靴紐に1枚ずつ結びつけて使用します。

ここで、今回の案件におけるお一人お一人の役割について伺いたいと思います。まずプログラマーのみなさんはそれぞれどんなパートを担当されていたのでしょうか?

梶原:僕は全体の制御をするマスターアプリを制作していました。計測用のマットを踏んだICタグのデータを記録して、描画側のシステムにデータを渡す、といったバックエンド的な役割です。

泉田:梶原さんのところで集計したデータを受け取って、リアルタイムにLEDモニターに表示していく部分のシステムは、私と齋藤くんの二人で担当しています。

前田さんはどの部分を担当されていたのでしょうか?

前田:エントリー登録されたランナーの情報をiPadからをマスターに送るアプリケーションと、ゴール後に自分の記録を見るためのアプリケーションをつくりました。

梶原:「過去の自分に打ち勝つ」というのがコンセプトなので、前の周回の自分に何回打ち勝つことができたか、という結果が走り終わったあとに見れるんです。デイリーでノルマが決まっていて、見事達成できた人には賞品がプレゼントされます。この結果はiPadでも見られるんですが、大きな画面でも見たいということで、現場で急遽4Kモニターに映し出すことが決まりました。そのアプリケーションも、前田さんが用意してくださってます。

中野さんは、こういったアプリのUIやLEDモニターに表示されるメッセージをデザインされている、ということですね。

中野(デザイナー):そうですね。現場では作業に余裕があったので、記録・撮影係もやっていました。

稲田さんはプロダクションマネージャーとして、窓口に立ってやりとりをされていたんですね。

稲田:そうですね。現地でのやりとりのほとんどが英語だったので、通訳と全体の情報整理、進行管理を担当していました。

エントリーの様子。自分の名前を入力し、アバターの性別や好きなカラーを選んだら、登録完了。

ランを終えたあとに確認できる、結果表示モニター。WINは自分の過去のラップに打ち勝った回数を表す。

実装期間は実質1ヶ月。倉庫での“ミニチュア検証”

エージェンシーがBBH Asia Pacificで、PARTY NYからお話を受けたとのことですが、オリエンの時点で企画はほぼ決まっていたのでしょうか?

梶原:オリエンのタイミングでは、マニラで実施したいということと、自分のゴーストと競い合えるLEDパネルを使ったランニングコースをつくりたいということは決まっていました。ただ、どんな仕組みにするかは全く決まっていなかったので、企画を固めるところからのスタートでしたね。

稲田:実はこの時点で既にローンチまで1.5ヶ月しかなかったんですよ。

なんと!思ったよりも時間がないですね…

梶原:そうなんです。最初の2週間はフィージビリティなどについて話して終わったので、実装期間は実質1ヶ月くらいですね。アートディレクションとテクニカルディレクションはPARTYの林久純さんが担当していて、我々とどう役割を分担して進めていくか?というのが最初の段階でした。

林さんとのコミュニケーションは主に梶原さんがメインで行っていたんですか?

梶原:いえ、それはもうみんなで。

稲田:マニラに行く前に倉庫にも一緒に行きましたね。

倉庫というのは、検証用の?

稲田:そうです!

梶原:最初は現地で検証用のスペースを借りるっていう話もあったんですけど、時間もなく、現地は現地で混乱状態のようだったので、日本でやりましょうかと(笑) 。

泉田:このときはまだLEDディスプレイがない状態なので、Macを8の字に並べて仮想のLEDのようにして、テストしていました。

なんだかミニチュア模型みたいですね。

泉田:実施まで残り1ヶ月という残り時間の中、初めはどこを会場にするかも決まっていなかったので、現地の施工もかなり詰め詰めのスケジュールでやっていて。LEDが建つのが本番ギリギリになってしまうということだったので、日本でできる範囲のことを検証していました。

現地の施工も大変だったんじゃないでしょうか。

稲田:施工に関しては現地の施工会社であるJack Mortonが担当してくれました。もともと何もない原っぱだった場所にコンクリートの基礎をつくるところから始めています。ただ、会場の決定にも時間がかかっているので、施工自体は実質2週間という短い時間です。

【BEFORE】施工が始まる前の会場。何もありません。

【AFTER】2週間後、完成した会場の様子。お見事。

本番稼働の中で、アップデートを繰り返す

この手のイベントはプロトタイプでのテストや本番想定の環境でのリハーサルがものすごく重要だと思うのですが、会場が完成したのはイベントスタートの直前ですよね。

梶原:本番ギリギリにどうにか会場が出来上がって、リハーサルをする時間もなくて。とにかく本番の稼働の中でアップデートを繰り返していきました。

前田:海外に限ったことじゃないですけど、やはり実施前にできる限り、本番と同じ環境でリハーサルをやりたかったですね。

齋藤:そうですね。本番の稼働感でテストできたのは、本番が始まってから。

前田:おかげで神経がきりきりした(笑) 。

予想外のトラブルなど、何かありましたか?

齋藤:センシング用のマットの調子が日によって違いましたね。

梶原:マットをコンクリートの上に敷いているんですが、コンクリートの熱がすごくて。マットとコンクリートの間に入り込んだ雨で、せいろのように蒸されてしまい、反応しなくなっちゃうんです。ハードウェア周りはやっかいでした。

テスト段階では出てこないトラブルですね。

梶原:そうですね。こういうリアルタイムで情報を取得・表示していくようなイベントは、やってみて初めて把握できることも多いんです。

稲田:あと、これはどうしようもないことなんですけど、雨が降ったらイベントを中断せざるを得ませんでした。ほぼ毎日、スコールのような雨が降りました。運営周りはJack Mortonに任せていて、マニラのスタッフさんたちが雨が止むたびに水を掃く作業をしてくれて。水を完全に捌かせて、稼働再開するまでに1時間は必要でしたね。

マニラでのプロジェクトだからこそできたこと

ランナーの反応はどうでしたか?

稲田:すごく良かったです!毎日来てくれる人もいるくらいで、出走待ちの行列が常にできていました。とにかく人気だったので、混雑しているときは1人何周まで、と限定して。

泉田:限定しなければみんないつまでも走ってましたよね(笑) 。

見た目も楽しそうだから参加したくなりますね。Instagram映えもしますし、SNSへ拡散したくなる要素に溢れていますね。

稲田:クライアントの評価も上々で、イベント実施中もケースビデオ用の撮影のため、毎晩ドローンが飛び交っていました(笑) 。

おお、それは日本ではできないことですね。

中野:日本でできないことと言えば、フィナーレの花火もすごかったですね。街中なのですぐ近くにビルが建っていたりするんですけど、盛大に打ち上げ花火が上がってました。

これは日本だったら絶対怒られてますね(笑)。

梶原:とにかく日本ではできないことばかりでしたね。この規模のイベントを日本でやろうとすると、許可取りが大変だと思うんです。開発途上国だからこそできたことかもしれません。

稲田:先ほども触れたように、マニラはランナーが多いので、開催場所とイベントとの相性も良かったと思います。

トップダウンではなく、チームとして動く

今回の案件を振り返ってみて、いかがでしょうか?

泉田:私は、BIRDMANに入社してからの初ローンチ案件だったんですけど。前の会社では、割と一人でやっていたことが多かったんですが、今回齋藤くんやPARTYの林さんと協力しながら進めていったので、自分にとっては新しいチャレンジでした。私がつくったシステムがお二人の作業のベースになるので、それによって作業しづらくならないように常に心掛けながら制作していきました。人と協業するときのベースをつくる、というのはすごく勉強になりましたね。

齋藤:チームプレイでしたよね。僕も、同じアプリを複数人で同時につくっていくというのは、今まであまりやったことがなくて。お互い上手くコミュニケーションをとりながら、スムーズに進められたのはよかったですね。

泉田:そこのワークフローはちゃんとできましたよね。ソフトの触り方とかつくり方とか、前もって決められたので混乱もなくいけた気がします。

トップダウンではなく、齋藤くんのような若手のディベロッパーも前線に出て、チームとして制作できているのがいいですね。

梶原:スケジュールが切迫していて、現場で毎日アップデートをし続けていたというのはありますが、比較的みんな日本の案件も回しながら対応できていましたね。

なるほど。時間がない中、安定感をもって運営できているのはすごいです。

前田:とはいえ、できれば次は余裕をもってやりたいですね(笑) 。

稲田:施工会社のJack MortonとBBHはNIKEチームとしてこれまでも一緒に仕事をしていて、とても信頼関係が厚かったです。そこに我々も加わって、チーム全体がサマーキャンプのような雰囲気でプロジェクトに取り組むことができました。

海外の大規模案件は今回が初めてですが、またチャレンジしてみたいですか?

稲田:やりたいです!今日も向こうのクリエイティブディレクターとやりとりしてたんですけど、「今日全身NIKEなんだよね」って言ったら、爆笑しながら「ロイヤリティ」だね、って言われました。私も「これでまた仕事が入るんだったら毎日着るよ!」なんて返したりして、他愛もないやりとりをしています。

良い関係性が築けているということですね。

稲田:ぜひまた一緒にやろう!って言ってもらいました。

中野:稲田さんにとっては言語の壁もないから、日本で進めている案件ときっと大差なかったですよね。

稲田:そうですね、むしろ日本人とコミュニケーションをとるよりも楽かな。

一同:(笑)

梶原:振り返ってみると、マニラ特有のトラブルもなく、安定して取り組めましたね。今回の経験で「海外でもやっていける」という自信がチームメンバーそれぞれについたんじゃないかなと思います。おそらく今後もボーダレスな仕事が増えていきますが、国内でのプロジェクトと同じように、一歩一歩着実にクリアしていきたいですね。

本日はどうもありがとうございました!


Nike Unlimited Stadium from BIRDMAN inc. on Vimeo.


NIKE UNLIMITED STADIUM

STAFF CREDIT:
Client: NIKE
Advertising Agency: BBH Asia Pacific
Creative Director: Masashi Kawamura (PARTY NY)
Technical Director / Art Director: Hisayoshi Hayashi (PARTY)
Interactive Director: Roy Ryo Tsukiji (BIRDMAN)
Interactive Director: Yoichi Kanazawa (BIRDMAN)
Technical Director: Takeru Kobayashi (BIRDMAN)
Technical Director / Programmer: Yohei Kajiwara (BIRDMAN)
Programmer: Ryusuke Izumida (BIRDMAN)
Programmer: Takahisa Maeda (BIRDMAN)
Programmer: Takumi Saito (BIRDMAN)
Visual Producer: Akane Inada (BIRDMAN)
Project Manager: Mandy Wang (PARTY NY)
Project Manager: Sachie Aihara (PARTY NY)
Designer: Ryotaro Nakano (BIRDMAN)
3D Designer: Keita Ichiba (PARTY)
Sound Designer: Yuuki Ono (Wondrous)
Technical Manager: Qanta Shimizu (PARTY NY)
Construction: Jack Morton Worldwide